政治家が国会に提出する法案を「議員立法」と呼びます。議員立法は国民生活に役立つと言われていますが、内閣が作成する内閣立法にくらべて成立数が少ないです。
そこで、議員立法の提出要件や審議手続きの方法を解説し、議員立法の成立数が少ない理由を紹介します。
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議員立法とは
議員立法とは、「議員によって法律案が発議され、成立した法律」と呼ばれます。つまり、議員が作成して国会に提出し、成立に至った法律を指します。また、成立に至っていない「法案」の段階でも議員立法と呼びます(衆議院法制局より)。
内閣立法との違い
議員立法と名称の似ている「内閣立法」もあります。
内閣立法は内閣での閣議を経て大臣が提出する法案です。政府立法とも呼ばれます。
議員立法のプロセス
議員立法は以下のプロセスを経ています。
法案提出の要件
議員が法案を提出するには、以下の要件を満たすことが国会法で定められています。
誰でも手軽に提出できるわけではなく、賛同者を多数集める必要があります(衆議院より)。
委員会で審議・採決される
提出された法案は、所管する委員会に回されます。そこで議案提出議員に議案提出の目的(解決したいニーズはなにか)を聞き取り、つづいて各委員や招致された参考人による質疑応答を経ます。
質疑応答の後、賛成・反対の採決が行われます。賛成多数であれば本会議に回されます。
衆議院の本会議で採決
委員会で賛成された法案は、国会の本会議でさらに賛成・反対の採決がなされます。
ここで賛成多数になると、さらに参議院に回されます。
参議院の本会議で採決
衆議院で賛成された法案は、国会の本会議でさらに賛成・反対の採決がなされます。
ここで賛成多数になると成立です。
参議院で否決されると衆議院に戻される
参議院で否決されると終わりではなく、衆議院に一度戻されます。そして衆議院で3分の2以上の賛成を得られると成立します。
議員立法の現状
国会は「国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関」とされています。その国会の所属議員から提出される議員立法は、現状どれくらい機能しているでしょうか。
内閣立法にくらべて成立した法案がすくない
成立した議員立法は内閣立法にくらべて非常に少ないです。過去の提出件数、成立件数は以下のとおりです。
国会 | 議員立法 | 内閣立法 | ||
提出件数(件) | 成立件数(件) | 提出件数(件) | 成立件数(件) | |
第183回 (2013年1月28日~6月26日) | 75 | 63 | 81 | 10 |
第184回 (2013年8月2日~8月7日) | 0 | 0 | 0 | 0 |
第185回 (2013年10月15日~12月8日) | 23 | 20 | 45 | 10 |
第186回 (2014年1月24日~6月22日) | 81 | 79 | 75 | 21 |
第187回 (2014年9月29日~11月21日) | 31 | 21 | 28 | 8 |
第188回 (2014年12月24日~12月26日) | 0 | 0 | 4 | 0 |
第189回 (2015年1月26日~9月27日) | 75 | 66 | 72 | 12 |
第190回 (2016年1月 4日~6月 1日) | 56 | 50 | 72 | 18 |
第191回 (2016年8月 1日~8月 3日) | 0 | 0 | 0 | 0 |
第192回 (2016年9月26日~12月17日) | 19 | 18 | 126 | 13 |
第193回 (2017年1月20日~6月18日) | 66 | 63 | 136 | 10 |
第194回 (2017年9月28日~9月28日) | 0 | 0 | 0 | 0 |
第195回 (2017年11月 1日~12月 9日) | 9 | 8 | 28 | 2 |
第196回 (2018年1月22日~7月22日) | 65 | 60 | 71 | 20 |
第197回 (2018年10月24日~12月10日) | 13 | 13 | 88 | 9 |
第198回 (2019年1月28日~6月26日) | 57 | 54 | 70 | 14 |
第199回 (2019年8月 1日~8月 5日) | 0 | 0 | 0 | 0 |
第200回 (2019年10月 4日~12月 9日) | 15 | 14 | 26 | 8 |
第201回 (2020年1月20日~6月17日) | 59 | 55 | 57 | 8 |
第202回 (2020年9月16日~9月18日) | 0 | 0 | 0 | 0 |
第203回 (2020年10月26日~12月 5日) | 7 | 7 | 32 | 5 |
第204回 (2021年1月18日~6月16日) | 63 | 61 | 82 | 21 |
第205回 (2021年10月 4日~10月14日) | 0 | 0 | 3 | 0 |
第206回 (2021年10月 4日~10月14日) | 0 | 0 | 1 | 0 |
第207回 (2021年12月 6日~12月21日) | 2 | 2 | 14 | 2 |
第208回 (2022年1月17日~6月15日) | 61 | 61 | 96 | 17 |
第209回 (2022年8月 3日~8月 5日) | 0 | 0 | 0 | 0 |
第210回 (2022年10月 3日~12月10日) | 22 | 21 | 25 | 6 |
第211回 (2023年1月23日~6月21日) | 60 | 58 | 67 | 13 |
第212回 (2023年10月20日~12月13日) | 12 | 12 | 28 | 3 |
合計 | 871 | 806 | 1327 | 230 |
成立率 | 92.5% | 17.3% |
提出された議員立法は11年間で1327件ありますが、成立したのは230件に過ぎません。同時期に成立した内閣立法が806件なので、4分の1ほどです。
議員立法に時間とお金がかかる
議員立法は、法案を1つ作成するのに相当な費用と手間がかかります。
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国民からニーズを聞き取り、法案の目的を定め、法律上の専門知識を駆使して法案を作成し、法案についての答弁を提案議員自らが担当しないといけません。
ニーズ把握のためには議員個人の広報活動を広く行い、多くの人とコミュニケーションを取る必要があります。トラブルが発生している事案なら、関係各位から綿密に聞き取りを行う必要があります。
専門スタッフ不足
さらに、法案作成のための専門人材の不足も大きな課題です。
法律上の知識をすべての議員がハイレベルに有しているわけではありません。法制局の助けを借りて、時間をかけて法案を作成しないといけません。
そうしてようやく法案を提出しても、委員会などでの答弁は提案した議員が担当します。専門的な内容になると分からないことも当然あります。そこで、政策担当秘書を雇う必要も出てきます。
なお、立法をしやすくするためにも年間780万円の立法費が支給されており、使途公表の義務も納税の義務も免除されています。
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このおように、1件の法案を作成・提出するのにも、手間と費用をかなりかけないといけません。
議員立法が成立しない理由
成立した割合は、内閣立法が92.5%なのに対して議員立法は17.3%、5分の1未満です。なぜ議員立法はなかなか成立しないのでしょうか。
野党の法案が後回しにされる
まず、審議時間の問題があります。委員会に回された議員立法のなかでも野党議員から提出された法案は後回しにされてしまい、審議時間が足りずに本会議に回されないことがたびたびあります。
例えば2018年に野党から提出された原発ゼロ基本法案は、結局3年間審議されることもなく廃案となっています(参議院より)。
官僚の協力がないと実務性・専門性が低い
さらに、法案を作成するのに官僚の協力がないと質が下がってしまいます。法案作成の目的がいくら素晴らしくても、法律として施行するには実務性が求められます。
内閣立法であれば官僚が法案作成をしてくれますが、議員立法だとそうはいきません。
結果的に、「この法案のままでは施行するわけにいかない」と委員会で判断されてしまいます。
過去の議員立法の成功事例とその意義
以下に、日本での過去の議員立法の成功事例を挙げ、その意義を詳しく解説します。
参考:衆議院法制局
国民年金法改正案(1990年代)
国民年金法の改正は、少子高齢化が進む中、年金制度を持続可能なものとするために議員立法として成立しました。この法案では、年金の支給開始年齢の段階的な引き上げや財源確保の仕組みが議論され、最終的に立法化されました。
- 意義: 国民年金法の改正は、日本の社会保障制度を見直す重要な転機となり、将来の年金制度の安定化に寄与しました。議員立法を通じて、国会が直接社会問題に対応する力を発揮した事例といえます。
育児・介護休業法(1995年)
この法律は、働く人々が育児や介護を理由に仕事を辞めることなく、職場にとどまれる環境を整えるために制定されました。当初、政府の対応が遅れていたため、議員立法の形で提出されました。
- 意義: 育児・介護休業法は、ワークライフバランスの実現を後押しし、働く世代の家庭生活を支えるための基盤を作りました。特に、女性の社会進出や高齢化社会に対応した制度として評価されています。
自転車利用促進法(2020年)
この法律は、環境問題への対策として自転車の利用を促進することを目的に議員立法で成立しました。自転車専用道路の整備や安全教育の推進、利用者の利便性向上が図られています。
- 意義: 環境保全や健康増進、交通渋滞の緩和など、多方面での社会的課題解決を目指した法案です。特に、SDGs(持続可能な開発目標)に対応した取り組みとして注目されました。
議員立法の成功事例が持つ意義
これらの成功事例が示すように、議員立法は政府の対応が遅れがちな分野や、市民の切実なニーズを反映するために重要な役割を果たしています。議員立法を通じて、次のような意義が確認できます。
- 迅速な課題解決への対応: 政府法案よりも迅速に国民の声を法律に反映できる。
- 多様な意見の反映: 政党や議員個人の専門知識や経験が活かされ、幅広い視点での立法が可能。
- 民主主義の深化: 国民の声を直接反映することで、政治参加の意識を高める。
なお、民主主義について以下の記事で詳しく解説しています。
民主主義の歴史と発展:ポピュリズム、エリート主義との関係をわかりやすく解説
成立しやすい議員立法の条件
議員立法は内閣立法にくらべて成立のハードルが高くなります。そのなかでも、成立している議員立法が多数存在するのも事実です。
では、成立しやすい議員立法にはどのような条件があるでしょうか。
与野党で意見がまとまりやすい法案
まず、与野党で意見が分かれない法案が成立しやすいです。与野党で利害関係が少ないもののほうが成立に向けて一致団結します。
社会共通の倫理観・道徳観に基づいている法案
酒気帯び運転の禁止(1960年道路交通法改正)など、社会で浸透している倫理観や道徳観に基づいた法案も成立しやすいです。
内閣が立法化に向けて積極的に動きづらい法案
社会的に立法化の要請が強いものでも、内閣立法しづらいものは議員立法で成立しやすいです。
例えば1978年に起きた成田新法事件(成田空港に過激派が乱入して施設を破壊した事件)では、成田空港の安全確保のために運輸大臣に強い権限を与える必要が認識されました。
ところが、政府が立法化すると国民に不安感を与える可能性があることから議員立法で法案提出・成立しています(新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法)。
日本の議員立法と他国の比較
アメリカの議員立法制度の特徴
アメリカでは、立法と行政が強固に分かれているため、議員立法が積極的に行われています。議員が独自に法案を提出する機会が多く、日本の約40倍もの議員立法が行われています。
州議会レベルでも活発に議員立法が進められています。
イギリスの議員立法制度の特徴
イギリスでは政府が提出する法案と議員が提出する法案に分かれています。なかでも、政府主導で法案提出が行われています。
議員個人も法案提出が可能ですが、会期中の法案審議は政府が提出した法案の審議が先です。そのため、議員立法の成立は日本同様に少ないです。
日本の議員立法制度の特徴
前述のように日本では議員立法が少ないため、政府主導の政策形成が中心です。他国では、議員個人に強力な政策スタッフや専門家チームがついている場合が多く、日本との差が顕著に現れています。
この違いは、各国の政治体制や文化の違いにも起因しています。
議員立法が少ない現状を変えるには?
制度面での改善案と議員へのサポート強化
議員立法を増やすためには、まず制度的な改善が必要です。例えば、議員立法専用の予算を確保し、法案作成を支援する専門スタッフを増やすことが挙げられます。
また、国会内での議員立法の優先順位を高める取り組みも重要です。
さらに、議員が地域や国民の声を集約しやすい仕組みを整えることで、社会のニーズに即した法案を増やすことが期待されます。
国民と議員の関係強化がもたらす可能性
議員立法の増加には、国民と議員のつながりを強化することも有効です。地域活動やタウンホールミーティングなどを通じて、国民の意見を直接吸い上げる仕組みを構築することで、議員が法案に反映できる提案を得やすくなります。
さらに、国民が議員立法の重要性を理解し、政策形成に参加する意識を高めることで、議員立法の活性化が期待されます。
議員立法のメリット
前述のように、議員立法の提出・成立にはいくつものハードルがあります。
それでも議員立法が実施されるのは、国会議員と国民の双方にメリットがあるからです。
国民側のメリット
内閣立法が政府主導の「全体的な法案」に偏るのに対して、議員立法は「国民生活に沿う法案」が多いとされています。つまり、議員立法は国民生活の「かゆいところ」に手が届く立法なのです。
仕事や日常生活の不満点や問題点を解決できる議員立法が増えると、国民にとってもメリットが大きくなります。
議員側のメリット
議員側にもメリットがあります。
議員の大きな心配事のひとつは「次の選挙で当選できるかどうか」です。選挙自体に多額の費用がかかるうえ、落選すると収入が途絶えます。
※関連記事:政治家になるにはどうすればいいか【国会議員】:資格はいる?年齢制限は?お金はどれくらいかかる?
ですが、「(成立してもしなくても)法案を提出した」という実績があれば、有権者にとても大きな個人の実績アピールができます。
議員立法に関するQ&A
Q1: 議員立法とは何ですか?
A1:
議員立法は、国会議員が自ら発案し、法案を作成・提出して成立を目指す法律のことです。通常、法律案は内閣が提出する政府法案が多いですが、議員立法は議員が主体となって政策を形にする手段として重要な役割を果たします。
Q2: 議員立法の目的は何ですか?
A2:
議員立法の目的は、国会議員が国民の声を直接法律に反映することです。政府法案では対応が遅れがちな社会問題や特定分野の課題に迅速に取り組むための手段でもあります。また、議員の専門知識や経験を活かし、多様な視点での立法が可能です。
Q3: 過去に成功した議員立法にはどのようなものがありますか?
A3:
以下の成功事例があります:
- 国民年金法改正案(1990年代): 年金制度の安定化を目的とした改正。
- 育児・介護休業法(1995年): 育児や介護を支える休業制度の導入。
- 自転車利用促進法(2020年): 環境保全や健康増進を目的とした法案。
これらは議員立法が社会課題解決に役立つことを示した例です。
Q4: なぜ日本では議員立法が少ないのですか?
A4:
日本で議員立法が少ない理由には以下の要因があります:
- 行政府の優位性: 内閣が法案提出の中心を担い、議員が立案する余地が少ない。
- 議員のリソース不足: 法案作成に必要な専門知識やサポート体制が不十分。
- 政治文化: 政府提出法案を優先する傾向がある。
Q5: 議員立法が成立するまでの流れを教えてください。
A5:
議員立法の流れは以下の通りです:
- 議員が法案を起草する。
- 他の議員の賛同を得て提出する(一定数の賛同が必要)。
- 委員会での審議を経て本会議で採決される。
- 衆議院・参議院の両方で可決されると成立する。
Q6: 他国の議員立法制度と日本の違いは何ですか?
A6:
他国、特にアメリカやヨーロッパ諸国では議員立法が活発です。理由として、議会の独立性が強く、議員が法案を提案しやすい体制が整っています。一方、日本は議院内閣制のため、内閣主導で法案が提出される傾向があり、議員立法の数が限られています。
Q7: 議員立法を増やすためにはどうすれば良いですか?
A7:
議員立法を増やすには、以下の改善が必要です:
- 制度改革: 議員立法を支援する専門スタッフや調査機関の充実。
- 国会の運営改善: 行政府に偏らない法案審議体制の構築。
- 国民参加の促進: 国民の声を反映しやすい仕組みを整える。
Q8: 議員立法は本当に必要ですか?
A8:
議員立法は必要です。政府提出法案だけでは対応が遅れる課題や、多様な視点を反映するには限界があります。議員立法は国会議員が国民の代表として直接政策を提案する重要な手段です。ただし、リソース不足などの課題を解決する努力が求められます。
まとめ
議員立法とは国会議員が提出した法案を指します。今回の記事ではその手続きの仕方や提出要件を説明しました。
議員立法は内閣立法(政府立法)にくらべて成立する割合が低く、提出された法案の8割以上は廃案になっています。
ただ、内閣立法よりも国民の生活によりそった内容と言われており、議員立法が増えるほうが議員・国民両方にとってメリットがあります。
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