閣僚のなかでも重要ポストと言われる「財務大臣」。歴代財務大臣を通算在職日数や所属内閣などと一緒に一覧にしました。
また、歴代でも財務大臣を長く務めた人をランキング形式で10人紹介します。
かつては大蔵大臣と呼ばれていたため、大蔵大臣も一覧やランキングに含めています。
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財務大臣とは
財務大臣は、政府の財務省を主管する大臣です。財務相ともいいます。
財政政策や税制、国家予算、国債の発行などに関する事項を担当します。具体的な職務内容としては、以下のようなものがあります。
国家予算の編成・管理
財務大臣は毎年の国家予算を編成し、それを国会に提出します。また、予算の執行を管理し、適切に運用されているかを監視します。
税制の運営
税制に関する政策の立案・実施を担当します。具体的には、税率の設定や税収の管理などがあります。
国債の発行
政府が必要とする資金を調達するために国債を発行します。これにより、政府の財政運営を支えます。
金融政策の監督
中央銀行(日本銀行)と連携して金融政策の枠組みを監督します。これには金利政策や為替レートの管理などが含まれます。
経済政策の立案
経済全般に関する政策の立案・調整を行い、国内経済の健全な発展を促進します。
財務大臣と大蔵大臣の役割の違い
財務大臣の基本的な役割
財務大臣は、日本の財政政策の中核を担う役職です。主な役割には、国家予算の編成、税制の見直し、財政政策の策定があります。予算案を策定し、国会で承認を得ることで、公共事業や社会保障など国家運営の基盤を支えます。
また、税制の管理を通じて、国民負担と経済成長のバランスを取る役割も重要です。
さらに、国際会議に参加し、財政健全化や国際経済の課題に対応することで、日本の経済的地位を高める使命も担っています。
これらの役割を通じて、財務大臣は国内外の経済政策に大きな影響を与えています。
大蔵大臣の歴史と役割
戦前・戦後の大蔵大臣は、日本の財政運営の中心的役割を果たしました。
戦前は、軍事費の調達や戦時経済の管理が重要な任務でした。例えば大蔵大臣・高橋是清は日本銀行副総裁として日露戦争の戦費調達を果たし、日本が戦いやすい状態をつくりました。
さらに1929年の世界恐慌からいち早く日本経済を復興に導き、国内での評価を高めました。後に総理大臣に就任しています。
※高橋是清については以下の記事で詳しく解説しています。
内閣総理大臣・高橋是清は何をした人か:暗殺の経緯や理由(二・二六事件)と後世の評価を解説
戦後、大蔵大臣の役割は大きく変化し、戦後復興期には財政再建と経済成長を両立させることが課題となりました。特に高度経済成長期には、大蔵省の統制下で金融機関を監督し、産業政策を推進しました。
この時代、大蔵大臣は日本経済を国際競争力のあるものに育てるために、財政政策と金融政策を緻密に組み合わせる役割を果たしました。
1998年の金融再編によって財務省へと移行するまで、大蔵大臣は経済政策の中心人物として日本経済を支え続けました。
歴代財務大臣と大蔵大臣の一覧と注目人物
歴代財務大臣の注目人物TOP5
1位:宮澤喜一氏
宮澤喜一は1980年代から1990年代にかけて、日本の経済政策に多大な影響を与えた財務大臣です。
特に1991年のバブル経済崩壊後、財政運営の安定化を図る役割を担いました。彼は慎重な財政政策と国際協調を重視し、主要先進国との経済連携を強化しました。
また、アジア諸国の経済発展を支援する政策にも取り組み、日本の国際的な影響力を高めた人物として知られています。後に内閣総理大臣としても活躍し、経済政策の経験をもとに国政全般を指導しました。
2位:麻生太郎氏
麻生太郎は、歴代最長の約7年7か月にわたり財務大臣を務め、日本の財政運営に大きな足跡を残しました。
特にリーマンショック後の経済混乱期には、迅速な金融支援や公共事業の推進を通じて景気を下支えしました。
また、財政健全化の目標を掲げながらも、柔軟な財政政策を展開。国際的な場でも積極的に発言し、日本の経済的プレゼンスを示しました。
消費税率引き上げを含む税制改革を進める一方で、経済成長との両立を模索する政策を展開した点が高く評価されています。
3位:野田佳彦氏
野田佳彦は、2011年に財務大臣から内閣総理大臣へと転じる前、財政再建の重要性を強調した政策で注目されました。財務大臣時代には、消費税引き上げの必要性を訴え、持続可能な社会保障制度の基盤作りに尽力しました。
また、民主党政権下で、経済と財政の安定を目指す政策を進め、財政赤字を削減する方策を具体化しました。特に消費税増税の法案成立は、長期的な財政基盤強化を目指す野田の信念を象徴する政策として知られています。
歴代大蔵大臣の注目人物TOP5
1位:高橋是清氏
高橋是清は大恐慌の最中、大蔵大臣として日本経済を復興に導いた功績で知られています。
彼は大胆な金融政策を実施し、金本位制を停止することで円安を促進。さらに、公共事業を積極的に展開し、景気回復を図りました。これにより、日本は主要国に先駆けて不況を脱しました。
また、軍事費の抑制にも努め、財政の安定化を目指しましたが、これが軍部との対立を招き、二・二六事件で暗殺される結果となりました。
その実績と理念は、現代の経済政策にも影響を与えています。
なお、二・二六事件については以下の記事で詳しく解説しています。
二・二六事件の真相と影響: 日本政治を揺るがした皇道派・青年将校の反乱はなぜ起きたのか
2位:松方正義
松方正義は明治時代、日本の財政基盤を確立した大蔵大臣です。
彼は1880年代に財政改革を断行し、不換紙幣を整理して貨幣価値の安定化を実現しました。この「松方デフレ」は農村に大きな打撃を与えたものの、長期的には日本の近代経済を支える金本位制の導入を可能にしました。
さらに、国家財政の透明性を高めるため、官営事業の民営化を推進。後に内閣総理大臣も務め、日本の近代化に大きく貢献しました。
なお、松方正義については以下の記事で詳しく解説しています。
内閣総理大臣・松方正義の生涯と政治家としての業績:日本銀行設立と松方デフレなど財政政策と後世の影響
3位:水田三喜男氏
水田三喜男は、戦後日本の経済復興期における財政政策を主導した大蔵大臣です。
池田勇人内閣のもと、所得倍増計画を支える財政運営を担当。財政規律を重視しつつも、経済成長を支える積極的な予算編成を行いました。
また、金融政策や税制改革を通じて、高度経済成長期の基盤を整備。冷静な判断と堅実な施策で、戦後日本の経済発展を支えた人物として高く評価されています。
佐藤栄作夫人は水田氏の追悼集で「大蔵大臣といえば、戦前は高橋是清、戦後は水田三喜男」と評しています。
4位:竹下登氏
竹下登は1980年代後半、大蔵大臣としてバブル経済期の財政運営に携わりました。彼は消費税導入を提案し、日本の税制改革を大きく前進させました。
また、経済政策においても、積極的な公共投資を行い、地方経済の振興を図りました。しかし、バブル経済の膨張には歯止めをかけられず、後の経済停滞の課題が残されました。
総理大臣時代にも政治手腕を発揮し、戦後政治史に大きな影響を与えた人物です。
5位:福田赳夫氏
福田赳夫は、大蔵大臣として財政再建を重視した政策を展開しました。特に1960年代、外貨不足の克服を目指し、為替管理や輸出振興に注力しました。
また、総需要抑制政策を採用し、インフレ抑制に成功。これにより、日本経済の安定的成長を支える役割を果たしました。
後に内閣総理大臣となり、経済運営のみならず、外交面でも活躍。財政規律を重視した彼の政策は、今日の財務運営にも通じる重要な教訓を残しています。
歴代の財務大臣(大蔵大臣)の一覧
閣僚のなかでも重要な財務大臣ですが、過去に務めた政治家は誰だったのか。一覧にまとめました。
※関連記事:松方正義の生涯と政治家としての業績:日本銀行設立と松方デフレなど財政政策と後世の影響を紹介
時代 | 氏名 | 内閣 | 在職期間 | 在職日数 | |
明治 | 井上 馨 | 第一次伊藤内閣 | 1885年12月22日 | 1888年4月30日 | 861 |
伊藤 博文 | 第一次伊藤内閣 | 1888年2月1日 | 1888年4月30日 | 90 | |
大隈 重信 | 第一次伊藤内閣 | 1888年2月1日 | 1888年4月30日 | 90 | |
大隈 重信 | 黒田内閣 | 1888年4月30日 | 1889年10月25日 | 544 | |
青木 周蔵 | 第一次山縣内閣 | 1889年12月24日 | 1891年5月6日 | 499 | |
青木 周蔵 | 第一次松方内閣 | 1891年5月6日 | 1892年8月8日 | 461 | |
榎本 武揚 | 第一次松方内閣 | 1891年5月29日 | 1892年8月8日 | 438 | |
陸奥 宗光 | 第二次伊藤内閣 | 1892年8月8日 | 1896年8月31日 | 1485 | |
西園寺 公望 | 第二次伊藤内閣 | 1896年5月30日 | 1896年8月31日 | 94 | |
西園寺 公望 | 第二次松方内閣 | 1896年9月18日 | 1898年1月12日 | 482 | |
大隈 重信 | 第二次松方内閣 | 1896年9月22日 | 1898年1月12日 | 478 | |
西 徳二郎 | 第二次松方内閣 | 1897年11月6日 | 1898年1月12日 | 68 | |
西 徳二郎 | 第三次伊藤内閣 | 1898年1月12日 | 1898年6月30日 | 170 | |
大隈 重信 | 第一次大隈内閣 | 1898年6月30日 | 1898年11月8日 | 132 | |
青木 周蔵 | 第二次山縣内閣 | 1898年11月8日 | 1900年10月19日 | 712 | |
加藤 高明 | 第四次伊藤内閣 | 1900年10月19日 | 1901年5月10日 | 204 | |
曾禰 荒助 | 第一次桂内閣 | 1901年6月2日 | 1906年1月7日 | 1681 | |
小村 寿太郎 | 第一次桂内閣 | 1901年9月21日 | 1906年1月7日 | 1570 | |
加藤 高明 | 第一次西園寺内閣 | 1906年1月7日 | 1908年7月14日 | 920 | |
西園寺 公望 | 第一次西園寺内閣 | 1906年3月3日 | 1908年7月14日 | 865 | |
林 董 | 第一次西園寺内閣 | 1906年5月19日 | 1908年7月14日 | 788 | |
寺内 正毅 | 第二次桂内閣 | 1908年7月14日 | 1911年8月30日 | 1143 | |
小村 寿太郎 | 第二次桂内閣 | 1908年8月27日 | 1911年8月30日 | 1099 | |
内田 康哉 | 第二次西園寺内閣 | 1911年8月30日 | 1912年12月21日 | 480 | |
大正 | 桂 太郎 | 第三次桂内閣 | 1912年12月21日 | 1913年2月20日 | 62 |
加藤 高明 | 第三次桂内閣 | 1913年1月29日 | 1913年2月20日 | 23 | |
牧野 伸顕 | 山本内閣 | 1913年2月20日 | 1914年4月16日 | 421 | |
加藤 高明 | 第二次大隈内閣 | 1914年4月16日 | 1915年10月9日 | 542 | |
大隈 重信 | 第二次大隈内閣 | 1915年8月10日 | 1916年10月9日 | 427 | |
石井 菊次郎 | 第二次大隈内閣 | 1915年10月13日 | 1916年10月9日 | 363 | |
寺内 正毅 | 寺内内閣 | 1916年10月9日 | 1918年9月29日 | 721 | |
本野 一郎 | 寺内内閣 | 1916年11月21日 | 1918年9月29日 | 678 | |
後藤 新平 | 寺内内閣 | 1918年4月23日 | 1918年9月29日 | 160 | |
内田 康哉 | 原内閣 | 1918年9月29日 | 1921年11月4日 | 1133 | |
内田 康哉 | 高橋内閣 | 1921年11月13日 | 1922年6月12日 | 212 | |
内田 康哉 | 加藤友三郎内閣 | 1922年6月12日 | 1923年9月2日 | 448 | |
山本 権兵衞 | 第二次山本内閣 | 1923年9月2日 | 1924年1月7日 | 128 | |
伊集院 彦吉 | 第二次山本内閣 | 1923年9月19日 | 1924年1月7日 | 111 | |
松井 慶四郎 | 清浦内閣 | 1924年1月7日 | 1924年6月11日 | 157 | |
幣原 喜重郎 | 加藤高明内閣 | 1924年6月11日 | 1926年1月30日 | 599 | |
昭和(戦前) | 幣原 喜重郎 | 第一次若槻内閣 | 1926年1月30日 | 1927年4月20日 | 446 |
田中 義一 | 田中義一内閣 | 1927年4月20日 | 1929年7月2日 | 805 | |
幣原 喜重郎 | 濱口内閣 | 1929年7月2日 | 1931年4月14日 | 652 | |
幣原 喜重郎 | 第二次若槻内閣 | 1931年4月14日 | 1931年12月13日 | 244 | |
犬養 毅 | 犬養内閣 | 1931年12月13日 | 1932年5月26日 | 166 | |
芳澤 謙吉 | 犬養内閣 | 1932年1月14日 | 1932年5月26日 | 134 | |
斎藤 実 | 斎藤内閣 | 1932年5月26日 | 1934年7月8日 | 774 | |
内田 康哉 | 斎藤内閣 | 1932年7月6日 | 1934年7月8日 | 733 | |
廣田 弘毅 | 斎藤内閣 | 1933年9月14日 | 1934年7月8日 | 298 | |
廣田 弘毅 | 岡田内閣 | 1934年7月8日 | 1936年3月9日 | 611 | |
廣田 弘毅 | 廣田内閣 | 1936年3月9日 | 1937年2月2日 | 331 | |
有田 八郎 | 廣田内閣 | 1936年4月2日 | 1937年2月2日 | 307 | |
林 銑十郎 | 林内閣 | 1937年2月2日 | 1937年6月4日 | 123 | |
佐藤 尚武 | 林内閣 | 1937年3月3日 | 1937年6月4日 | 94 | |
廣田 弘毅 | 第一次近衛内閣 | 1937年6月4日 | 1939年1月5日 | 581 | |
宇垣 一成 | 第一次近衛内閣 | 1938年5月26日 | 1939年1月5日 | 225 | |
近衞 文麿 | 第一次近衛内閣 | 1938年9月30日 | 1939年1月5日 | 98 | |
有田 八郎 | 第一次近衛内閣 | 1938年10月29日 | 1939年1月5日 | 69 | |
有田 八郎 | 平沼内閣 | 1939年1月5日 | 1939年8月30日 | 238 | |
阿部 信行 | 安部内閣 | 1939年8月30日 | 1940年1月16日 | 140 | |
野村吉三郎 | 安部内閣 | 1939年9月25日 | 1940年1月16日 | 114 | |
有田 八郎 | 米内内閣 | 1940年1月16日 | 1940年7月22日 | 189 | |
松岡 洋右 | 第二次近衛内閣 | 1940年7月22日 | 1941年7月18日 | 362 | |
豊田貞次郎 | 第三次近衛内閣 | 1941年7月18日 | 1941年10月18日 | 93 | |
東郷 茂德 | 東條内閣 | 1941年10月18日 | 1944年7月22日 | 1009 | |
東條 英機 | 東條内閣 | 1942年9月1日 | 1944年7月22日 | 691 | |
谷 正之 | 東條内閣 | 1942年9月17日 | 1944年7月22日 | 675 | |
重光 葵 | 東條内閣 | 1943年4月20日 | 1944年7月22日 | 460 | |
重光 葵 | 小磯内閣 | 1944年7月22日 | 1945年4月7日 | 260 | |
鈴木 貫太郎 | 鈴木貫太郎内閣 | 1945年4月7日 | 1945年8月17日 | 133 | |
東郷 茂徳 | 鈴木貫太郎内閣 | 1945年4月9日 | 1945年8月17日 | 131 | |
昭和(戦後) | 重光 葵 | 東久邇宮内閣 | 1945年8月17日 | 1945年10月9日 | 54 |
吉田 茂 | 東久邇宮内閣 | 1945年9月15日 | 1945年10月9日 | 25 | |
吉田 茂 | 幣原内閣 | 1945年10月9日 | 1946年5月22日 | 226 | |
吉田 茂 | 第一次吉田内閣 | 1946年5月22日 | 1947年5月24日 | 368 | |
片山 哲 | 片山内閣 | 1947年5月24日 | 1948年3月10日 | 292 | |
芦田 均 | 片山内閣 | 1947年6月1日 | 1948年3月10日 | 284 | |
芦田 均 | 芦田内閣 | 1948年3月10日 | 1948年10月15日 | 220 | |
吉田 茂 | 第二次吉田内閣 | 1948年10月15日 | 1949年2月16日 | 125 | |
吉田 茂 | 第三次吉田内閣 | 1949年2月16日 | 1950年6月28日 | 498 | |
吉田 茂 | 第三次吉田内閣・第一次改造内閣 | 1950年6月28日 | 1951年7月4日 | 372 | |
吉田 茂 | 第三次吉田内閣・第二次改造内閣 | 1951年7月4日 | 1951年12月26日 | 176 | |
吉田 茂 | 第三次吉田内閣・第三次改造内閣 | 1951年12月26日 | 1952年10月30日 | 310 | |
岡崎 勝男 | 第三次吉田内閣・第三次改造内閣 | 1952年4月1日 | 1952年10月30日 | 213 | |
岡崎 勝男 | 第四次吉田内閣 | 1952年10月30日 | 1953年5月21日 | 204 | |
岡崎 勝男 | 第五次吉田内閣 | 1953年5月21日 | 1954年12月10日 | 569 | |
重光 葵 | 第一次鳩山一郎内閣 | 1954年12月10日 | 1955年3月19日 | 100 | |
重光 葵 | 第二次鳩山一郎内閣 | 1955年3月19日 | 1955年11月22日 | 249 | |
重光 葵 | 第三次鳩山一郎内閣 | 1955年11月22日 | 1956年12月23日 | 398 | |
岸 信介 | 石橋内閣 | 1956年12月23日 | 1957年2月25日 | 65 | |
岸 信介 | 第一次岸内閣 | 1957年2月25日 | 1957年7月10日 | 136 | |
藤山 愛一郎 | 第一次岸内閣・第一次改造内閣 | 1957年7月10日 | 1958年6月12日 | 338 | |
藤山 愛一郎 | 第二次岸内閣 | 1958年6月12日 | 1959年6月18日 | 372 | |
藤山 愛一郎 | 第二次岸内閣・第二次改造内閣 | 1959年6月18日 | 1960年7月19日 | 398 | |
小坂 善太郎 | 第一次池田内閣 | 1960年7月19日 | 1960年12月8日 | 143 | |
小坂 善太郎 | 第二次池田内閣 | 1960年12月8日 | 1961年7月18日 | 223 | |
小坂 善太郎 | 第二次池田内閣・第一次改造内閣 | 1961年7月18日 | 1962年7月18日 | 366 | |
大平 正芳 | 第二次池田内閣・第二次改造内閣 | 1962年7月18日 | 1963年7月18日 | 366 | |
大平 正芳 | 第二次池田内閣・第三次改造内閣 | 1963年7月18日 | 1963年12月9日 | 145 | |
大平 正芳 | 第三次池田内閣 | 1963年12月9日 | 1964年7月18日 | 223 | |
椎名 悦三郎 | 第三次池田内閣・第一次改造内閣 | 1964年7月18日 | 1964年11月9日 | 115 | |
椎名 悦三郎 | 第一次佐藤内閣 | 1964年11月9日 | 1965年6月3日 | 207 | |
椎名 悦三郎 | 第一次佐藤内閣・第一次改造内閣 | 1965年6月3日 | 1966年8月1日 | 425 | |
椎名 悦三郎 | 第一次佐藤内閣・第二次改造内閣 | 1966年8月1日 | 1966年12月3日 | 125 | |
三木 武夫 | 第一次佐藤内閣・第三次改造内閣 | 1966年12月3日 | 1967年2月17日 | 77 | |
三木 武夫 | 第二次佐藤内閣 | 1967年2月17日 | 1967年11月25日 | 282 | |
三木 武夫 | 第二次佐藤内閣・第一次改造内閣 | 1967年11月25日 | 1968年11月30日 | 372 | |
佐藤 栄作 | 第二次佐藤内閣・第一次改造内閣 | 1968年10月29日 | 1968年11月30日 | 33 | |
愛知 揆一 | 第二次佐藤内閣・第二次改造内閣 | 1968年11月30日 | 1970年1月14日 | 411 | |
愛知 揆一 | 第三次佐藤内閣 | 1970年1月14日 | 1971年7月5日 | 538 | |
福田 赳夫 | 第三次佐藤内閣・改造内閣 | 1971年7月5日 | 1972年7月7日 | 369 | |
大平 正芳 | 第一次田中角栄内閣 | 1972年7月7日 | 1972年12月22日 | 169 | |
大平 正芳 | 第二次田中角栄内閣 | 1972年12月22日 | 1973年11月25日 | 339 | |
大平 正芳 | 第二次田中角栄内閣・第一次改造内閣 | 1973年11月25日 | 1974年11月11日 | 352 | |
木村 俊夫 | 第二次田中角栄内閣・第一次改造内閣 | 1974年7月16日 | 1974年11月11日 | 119 | |
木村 俊夫 | 第二次田中角栄内閣・第二次改造内閣 | 1974年11月11日 | 1974年12月9日 | 29 | |
宮澤 喜一 | 三木内閣 | 1974年12月9日 | 1976年9月15日 | 647 | |
小坂 善太郎 | 三木内閣・改造内閣 | 1976年9月15日 | 1976年12月24日 | 101 | |
鳩山 威一郎 | 福田赳夫内閣 | 1976年12月24日 | 1977年11月28日 | 340 | |
園田 直 | 福田赳夫内閣・改造内閣 | 1977年11月28日 | 1978年12月7日 | 375 | |
園田 直 | 第一次大平内閣 | 1978年12月7日 | 1979年11月9日 | 338 | |
大来 佐武郎 | 第二次大平内閣 | 1979年11月9日 | 1980年6月12日 | 217 | |
伊東 正義 | 鈴木善幸内閣 | 1980年7月17日 | 1982年11月27日 | 864 | |
園田 直 | 鈴木善幸内閣 | 1981年5月18日 | 1982年11月27日 | 559 | |
安倍 晋太郎 | 第一次中曽根内閣 | 1982年11月27日 | 1983年12月27日 | 396 | |
安倍 晋太郎 | 第二次中曽根内閣 | 1983年12月27日 | 1984年11月1日 | 311 | |
安倍 晋太郎 | 第二次中曽根内閣・第一次改造内閣 | 1984年11月1日 | 1985年12月28日 | 423 | |
安倍 晋太郎 | 第二次中曽根内閣・第二次改造内閣 | 1985年12月28日 | 1986年7月22日 | 207 | |
倉成 正 | 第三次中曽根内閣 | 1986年7月22日 | 1987年11月6日 | 473 | |
宇野 宗佑 | 竹下内閣 | 1987年11月6日 | 1988年12月27日 | 418 | |
宇野 宗佑 | 竹下内閣・改造内閣 | 1988年12月27日 | 1989年6月3日 | 159 | |
三塚 博 | 宇野内閣 | 1989年6月3日 | 1989年8月10日 | 69 | |
中山 太郎 | 第一次海部内閣 | 1989年8月10日 | 1990年2月28日 | 203 | |
平成 | 中山 太郎 | 第二次海部内閣 | 1990年2月28日 | 1990年12月29日 | 305 |
中山 太郎 | 第二次海部内閣・改造内閣 | 1990年12月29日 | 1991年11月5日 | 312 | |
渡辺 美智雄 | 宮澤内閣 | 1991年11月5日 | 1992年12月12日 | 404 | |
渡辺 美智雄 | 宮澤内閣・改造内閣 | 1992年12月12日 | 1993年8月9日 | 241 | |
武藤 嘉文 | 宮澤内閣・改造内閣 | 1993年4月7日 | 1993年8月9日 | 125 | |
羽田 孜 | 細川内閣 | 1993年8月9日 | 1994年4月28日 | 263 | |
柿澤 弘治 | 羽田内閣 | 1994年4月28日 | 1994年6月30日 | 64 | |
河野 洋平 | 村山内閣 | 1994年6月30日 | 1995年8月8日 | 405 | |
河野 洋平 | 村山内閣・改造内閣 | 1995年8月8日 | 1995年10月2日 | 56 | |
池田 行彦 | 第一次橋本内閣 | 1996年1月11日 | 1996年11月7日 | 302 | |
池田 行彦 | 第二次橋本内閣 | 1996年11月7日 | 1997年9月11日 | 309 | |
小渕 恵三 | 第二次橋本内閣・改造内閣 | 1997年9月11日 | 1998年7月30日 | 323 | |
高村 正彦 | 小渕内閣 | 1998年7月30日 | 1999年1月14日 | 169 | |
高村 正彦 | 小渕内閣・第一次改造内閣 | 1999年1月14日 | 1999年10月5日 | 265 | |
河野 洋平 | 小渕内閣・第二次改造内閣 | 1999年10月5日 | 2000年4月5日 | 184 | |
河野 洋平 | 第一次森内閣 | 2000年4月5日 | 2000年7月4日 | 91 | |
河野 洋平 | 第二次森内閣 | 2000年7月4日 | 2000年12月5日 | 155 | |
河野 洋平 | 第二次森内閣・改造内閣 | 2000年12月5日 | 2001年1月6日 | 33 | |
河野 洋平 | 第二次森内閣・改造内閣(省庁再編後) | 2001年1月6日 | 2001年4月26日 | 111 | |
田中 眞紀子 | 第一次小泉内閣 | 2001年4月26日 | 2002年9月30日 | 523 | |
小泉 純一郎 | 第一次小泉内閣 | 2002年1月30日 | 2002年9月30日 | 244 | |
川口 順子 | 第一次小泉内閣 | 2002年2月1日 | 2002年9月30日 | 242 | |
川口 順子 | 第一次小泉内閣・第一次改造内閣 | 2002年9月30日 | 2003年9月22日 | 358 | |
川口 順子 | 第一次小泉内閣・第二次改造内閣 | 2003年9月22日 | 2003年11月19日 | 59 | |
川口 順子 | 第二次小泉内閣 | 2003年11月19日 | 2004年9月27日 | 314 | |
町村 信孝 | 第二次小泉内閣・改造内閣 | 2004年9月27日 | 2005年9月21日 | 360 | |
町村 信孝 | 第三次小泉内閣 | 2005年9月21日 | 2005年10月31日 | 41 | |
麻生 太郎 | 第三次小泉内閣・改造内閣 | 2005年10月31日 | 2006年9月26日 | 331 | |
麻生 太郎 | 第一次安倍内閣 | 2006年9月26日 | 2007年8月27日 | 336 | |
町村 信孝 | 第一次安倍内閣・改造内閣 | 2007年8月27日 | 2007年9月26日 | 31 | |
高村 正彦 | 福田康夫内閣 | 2007年9月26日 | 2008年8月2日 | 312 | |
高村 正彦 | 福田康夫内閣・改造内閣 | 2008年8月2日 | 2008年9月24日 | 54 | |
中曽根 弘文 | 麻生内閣 | 2008年9月24日 | 2009年9月16日 | 358 | |
岡田 克也 | 鳩山由紀夫内閣 | 2009年9月16日 | 2010年6月8日 | 266 | |
岡田 克也 | 菅直人内閣 | 2010年6月8日 | 2010年9月17日 | 102 | |
前原 誠司 | 菅直人内閣・第一次改造内閣 | 2010年9月17日 | 2011年1月14日 | 120 | |
前原 誠司 | 菅直人内閣・第二次改造内閣 | 2011年1月14日 | 2011年9月2日 | 232 | |
枝野 幸男 | 菅直人内閣・第二次改造内閣 | 2011年3月7日 | 2011年9月2日 | 180 | |
松本 剛明 | 菅直人内閣・第二次改造内閣 | 2011年3月9日 | 2011年9月2日 | 178 | |
玄葉 光一郎 | 野田内閣 | 2011年9月2日 | 2012年1月14日 | 135 | |
玄葉 光一郎 | 野田内閣・第一次改造内閣 | 2012年1月14日 | 2012年6月4日 | 143 | |
玄葉 光一郎 | 野田内閣・第二次改造内閣 | 2012年6月4日 | 2012年10月1日 | 120 | |
玄葉 光一郎 | 野田内閣・第三次改造内閣 | 2012年10月1日 | 2012年12月26日 | 87 | |
岸田 文雄) | 第二次安倍内閣 | 2012年12月26日 | 2014年9月3日 | 617 | |
岸田 文雄 | 第二次安倍内閣・改造内閣 | 2014年9月3日 | 2014年12月24日 | 113 | |
岸田 文雄 | 第三次安倍内閣 | 2014年12月24日 | 2015年10月7日 | 288 | |
岸田 文雄 | 第三次安倍内閣・第一次改造内閣 | 2015年10月7日 | 2016年8月3日 | 302 | |
岸田 文雄 | 第三次安倍内閣・第二次改造内閣 | 2016年8月3日 | 2017年8月3日 | 366 | |
河野 太郎 | 第三次安倍内閣・第三次改造内閣 | 2017年8月3日 | 2017年11月1日 | 91 | |
河野 太郎 | 第四次安倍内閣 | 2017年11月1日 | 2018年10月2日 | 336 | |
河野 太郎 | 第四次安倍内閣・第一次改造内閣 | 2018年10月2日 | 2019年9月11日 | 345 | |
令和 | 茂木 敏充 | 第四次安倍内閣・第二次改造内閣 | 2019年9月11日 | 2020年9月16日 | 372 |
茂木 敏充 | 菅義偉内閣 | 2020年9月16日 | 2021年10月4日 | 384 | |
岸田 文雄 | 第一次岸田内閣 | 2021年10月4日 | 2021年11月10日 | 38 | |
茂木 敏充 | 第一次岸田内閣 | 2021年10月4日 | 2021年11月4日 | 32 | |
林 芳正 | 第二次岸田内閣 | 2021年11月10日 | 2022年8月10日 | 274 | |
林 芳正 | 第二次岸田内閣・第一次改造内閣 | 2022年8月10日 | 2023年9月13日 | 400 | |
上川 陽子 | 第二次岸田内閣・第二次改造内閣 | 2023年9月13日 | (現在) | (現在) |
時代 | 氏名 | 内閣 | 在職期間 | 在職日数 | |
明治 | 井上 馨 | 第一次伊藤内閣 | 1885年12月22日 | 1888年4月30日 | 861 |
伊藤 博文 | 第一次伊藤内閣 | 1888年2月1日 | 1888年4月30日 | 90 | |
大隈 重信 | 第一次伊藤内閣 | 1888年2月1日 | 1888年4月30日 | 90 | |
大隈 重信 | 黒田内閣 | 1888年4月30日 | 1889年10月25日 | 544 | |
青木 周蔵 | 第一次山縣内閣 | 1889年12月24日 | 1891年5月6日 | 499 | |
青木 周蔵 | 第一次松方内閣 | 1891年5月6日 | 1892年8月8日 | 461 | |
榎本 武揚 | 第一次松方内閣 | 1891年5月29日 | 1892年8月8日 | 438 | |
陸奥 宗光 | 第二次伊藤内閣 | 1892年8月8日 | 1896年8月31日 | 1485 | |
西園寺 公望 | 第二次伊藤内閣 | 1896年5月30日 | 1896年8月31日 | 94 | |
西園寺 公望 | 第二次松方内閣 | 1896年9月18日 | 1898年1月12日 | 482 | |
大隈 重信 | 第二次松方内閣 | 1896年9月22日 | 1898年1月12日 | 478 | |
西 徳二郎 | 第二次松方内閣 | 1897年11月6日 | 1898年1月12日 | 68 | |
西 徳二郎 | 第三次伊藤内閣 | 1898年1月12日 | 1898年6月30日 | 170 | |
大隈 重信 | 第一次大隈内閣 | 1898年6月30日 | 1898年11月8日 | 132 | |
青木 周蔵 | 第二次山縣内閣 | 1898年11月8日 | 1900年10月19日 | 712 | |
加藤 高明 | 第四次伊藤内閣 | 1900年10月19日 | 1901年5月10日 | 204 | |
曾禰 荒助 | 第一次桂内閣 | 1901年6月2日 | 1906年1月7日 | 1681 | |
小村 寿太郎 | 第一次桂内閣 | 1901年9月21日 | 1906年1月7日 | 1570 | |
加藤 高明 | 第一次西園寺内閣 | 1906年1月7日 | 1908年7月14日 | 920 | |
西園寺 公望 | 第一次西園寺内閣 | 1906年3月3日 | 1908年7月14日 | 865 | |
林 董 | 第一次西園寺内閣 | 1906年5月19日 | 1908年7月14日 | 788 | |
寺内 正毅 | 第二次桂内閣 | 1908年7月14日 | 1911年8月30日 | 1143 | |
小村 寿太郎 | 第二次桂内閣 | 1908年8月27日 | 1911年8月30日 | 1099 | |
内田 康哉 | 第二次西園寺内閣 | 1911年8月30日 | 1912年12月21日 | 480 | |
大正 | 桂 太郎 | 第三次桂内閣 | 1912年12月21日 | 1913年2月20日 | 62 |
加藤 高明 | 第三次桂内閣 | 1913年1月29日 | 1913年2月20日 | 23 | |
牧野 伸顕 | 山本内閣 | 1913年2月20日 | 1914年4月16日 | 421 | |
加藤 高明 | 第二次大隈内閣 | 1914年4月16日 | 1915年10月9日 | 542 | |
大隈 重信 | 第二次大隈内閣 | 1915年8月10日 | 1916年10月9日 | 427 | |
石井 菊次郎 | 第二次大隈内閣 | 1915年10月13日 | 1916年10月9日 | 363 | |
寺内 正毅 | 寺内内閣 | 1916年10月9日 | 1918年9月29日 | 721 | |
本野 一郎 | 寺内内閣 | 1916年11月21日 | 1918年9月29日 | 678 | |
後藤 新平 | 寺内内閣 | 1918年4月23日 | 1918年9月29日 | 160 | |
内田 康哉 | 原内閣 | 1918年9月29日 | 1921年11月4日 | 1133 | |
内田 康哉 | 高橋内閣 | 1921年11月13日 | 1922年6月12日 | 212 | |
内田 康哉 | 加藤友三郎内閣 | 1922年6月12日 | 1923年9月2日 | 448 | |
山本 権兵衞 | 第二次山本内閣 | 1923年9月2日 | 1924年1月7日 | 128 | |
伊集院 彦吉 | 第二次山本内閣 | 1923年9月19日 | 1924年1月7日 | 111 | |
松井 慶四郎 | 清浦内閣 | 1924年1月7日 | 1924年6月11日 | 157 | |
幣原 喜重郎 | 加藤高明内閣 | 1924年6月11日 | 1926年1月30日 | 599 | |
昭和(戦前) | 幣原 喜重郎 | 第一次若槻内閣 | 1926年1月30日 | 1927年4月20日 | 446 |
田中 義一 | 田中義一内閣 | 1927年4月20日 | 1929年7月2日 | 805 | |
幣原 喜重郎 | 濱口内閣 | 1929年7月2日 | 1931年4月14日 | 652 | |
幣原 喜重郎 | 第二次若槻内閣 | 1931年4月14日 | 1931年12月13日 | 244 | |
犬養 毅 | 犬養内閣 | 1931年12月13日 | 1932年5月26日 | 166 | |
芳澤 謙吉 | 犬養内閣 | 1932年1月14日 | 1932年5月26日 | 134 | |
斎藤 実 | 斎藤内閣 | 1932年5月26日 | 1934年7月8日 | 774 | |
内田 康哉 | 斎藤内閣 | 1932年7月6日 | 1934年7月8日 | 733 | |
廣田 弘毅 | 斎藤内閣 | 1933年9月14日 | 1934年7月8日 | 298 | |
廣田 弘毅 | 岡田内閣 | 1934年7月8日 | 1936年3月9日 | 611 | |
廣田 弘毅 | 廣田内閣 | 1936年3月9日 | 1937年2月2日 | 331 | |
有田 八郎 | 廣田内閣 | 1936年4月2日 | 1937年2月2日 | 307 | |
林 銑十郎 | 林内閣 | 1937年2月2日 | 1937年6月4日 | 123 | |
佐藤 尚武 | 林内閣 | 1937年3月3日 | 1937年6月4日 | 94 | |
廣田 弘毅 | 第一次近衛内閣 | 1937年6月4日 | 1939年1月5日 | 581 | |
宇垣 一成 | 第一次近衛内閣 | 1938年5月26日 | 1939年1月5日 | 225 | |
近衞 文麿 | 第一次近衛内閣 | 1938年9月30日 | 1939年1月5日 | 98 | |
有田 八郎 | 第一次近衛内閣 | 1938年10月29日 | 1939年1月5日 | 69 | |
有田 八郎 | 平沼内閣 | 1939年1月5日 | 1939年8月30日 | 238 | |
阿部 信行 | 安部内閣 | 1939年8月30日 | 1940年1月16日 | 140 | |
野村吉三郎 | 安部内閣 | 1939年9月25日 | 1940年1月16日 | 114 | |
有田 八郎 | 米内内閣 | 1940年1月16日 | 1940年7月22日 | 189 | |
松岡 洋右 | 第二次近衛内閣 | 1940年7月22日 | 1941年7月18日 | 362 | |
豊田貞次郎 | 第三次近衛内閣 | 1941年7月18日 | 1941年10月18日 | 93 | |
東郷 茂德 | 東條内閣 | 1941年10月18日 | 1944年7月22日 | 1009 | |
東條 英機 | 東條内閣 | 1942年9月1日 | 1944年7月22日 | 691 | |
谷 正之 | 東條内閣 | 1942年9月17日 | 1944年7月22日 | 675 | |
重光 葵 | 東條内閣 | 1943年4月20日 | 1944年7月22日 | 460 | |
重光 葵 | 小磯内閣 | 1944年7月22日 | 1945年4月7日 | 260 | |
鈴木 貫太郎 | 鈴木貫太郎内閣 | 1945年4月7日 | 1945年8月17日 | 133 | |
東郷 茂徳 | 鈴木貫太郎内閣 | 1945年4月9日 | 1945年8月17日 | 131 | |
昭和(戦後) | 重光 葵 | 東久邇宮内閣 | 1945年8月17日 | 1945年10月9日 | 54 |
吉田 茂 | 東久邇宮内閣 | 1945年9月15日 | 1945年10月9日 | 25 | |
吉田 茂 | 幣原内閣 | 1945年10月9日 | 1946年5月22日 | 226 | |
吉田 茂 | 第一次吉田内閣 | 1946年5月22日 | 1947年5月24日 | 368 | |
片山 哲 | 片山内閣 | 1947年5月24日 | 1948年3月10日 | 292 | |
芦田 均 | 片山内閣 | 1947年6月1日 | 1948年3月10日 | 284 | |
芦田 均 | 芦田内閣 | 1948年3月10日 | 1948年10月15日 | 220 | |
吉田 茂 | 第二次吉田内閣 | 1948年10月15日 | 1949年2月16日 | 125 | |
吉田 茂 | 第三次吉田内閣 | 1949年2月16日 | 1950年6月28日 | 498 | |
吉田 茂 | 第三次吉田内閣・第一次改造内閣 | 1950年6月28日 | 1951年7月4日 | 372 | |
吉田 茂 | 第三次吉田内閣・第二次改造内閣 | 1951年7月4日 | 1951年12月26日 | 176 | |
吉田 茂 | 第三次吉田内閣・第三次改造内閣 | 1951年12月26日 | 1952年10月30日 | 310 | |
岡崎 勝男 | 第三次吉田内閣・第三次改造内閣 | 1952年4月1日 | 1952年10月30日 | 213 | |
岡崎 勝男 | 第四次吉田内閣 | 1952年10月30日 | 1953年5月21日 | 204 | |
岡崎 勝男 | 第五次吉田内閣 | 1953年5月21日 | 1954年12月10日 | 569 | |
重光 葵 | 第一次鳩山一郎内閣 | 1954年12月10日 | 1955年3月19日 | 100 | |
重光 葵 | 第二次鳩山一郎内閣 | 1955年3月19日 | 1955年11月22日 | 249 | |
重光 葵 | 第三次鳩山一郎内閣 | 1955年11月22日 | 1956年12月23日 | 398 | |
岸 信介 | 石橋内閣 | 1956年12月23日 | 1957年2月25日 | 65 | |
岸 信介 | 第一次岸内閣 | 1957年2月25日 | 1957年7月10日 | 136 | |
藤山 愛一郎 | 第一次岸内閣・第一次改造内閣 | 1957年7月10日 | 1958年6月12日 | 338 | |
藤山 愛一郎 | 第二次岸内閣 | 1958年6月12日 | 1959年6月18日 | 372 | |
藤山 愛一郎 | 第二次岸内閣・第二次改造内閣 | 1959年6月18日 | 1960年7月19日 | 398 | |
小坂 善太郎 | 第一次池田内閣 | 1960年7月19日 | 1960年12月8日 | 143 | |
小坂 善太郎 | 第二次池田内閣 | 1960年12月8日 | 1961年7月18日 | 223 | |
小坂 善太郎 | 第二次池田内閣・第一次改造内閣 | 1961年7月18日 | 1962年7月18日 | 366 | |
大平 正芳 | 第二次池田内閣・第二次改造内閣 | 1962年7月18日 | 1963年7月18日 | 366 | |
大平 正芳 | 第二次池田内閣・第三次改造内閣 | 1963年7月18日 | 1963年12月9日 | 145 | |
大平 正芳 | 第三次池田内閣 | 1963年12月9日 | 1964年7月18日 | 223 | |
椎名 悦三郎 | 第三次池田内閣・第一次改造内閣 | 1964年7月18日 | 1964年11月9日 | 115 | |
椎名 悦三郎 | 第一次佐藤内閣 | 1964年11月9日 | 1965年6月3日 | 207 | |
椎名 悦三郎 | 第一次佐藤内閣・第一次改造内閣 | 1965年6月3日 | 1966年8月1日 | 425 | |
椎名 悦三郎 | 第一次佐藤内閣・第二次改造内閣 | 1966年8月1日 | 1966年12月3日 | 125 | |
三木 武夫 | 第一次佐藤内閣・第三次改造内閣 | 1966年12月3日 | 1967年2月17日 | 77 | |
三木 武夫 | 第二次佐藤内閣 | 1967年2月17日 | 1967年11月25日 | 282 | |
三木 武夫 | 第二次佐藤内閣・第一次改造内閣 | 1967年11月25日 | 1968年11月30日 | 372 | |
佐藤 栄作 | 第二次佐藤内閣・第一次改造内閣 | 1968年10月29日 | 1968年11月30日 | 33 | |
愛知 揆一 | 第二次佐藤内閣・第二次改造内閣 | 1968年11月30日 | 1970年1月14日 | 411 | |
愛知 揆一 | 第三次佐藤内閣 | 1970年1月14日 | 1971年7月5日 | 538 | |
福田 赳夫 | 第三次佐藤内閣・改造内閣 | 1971年7月5日 | 1972年7月7日 | 369 | |
大平 正芳 | 第一次田中角栄内閣 | 1972年7月7日 | 1972年12月22日 | 169 | |
大平 正芳 | 第二次田中角栄内閣 | 1972年12月22日 | 1973年11月25日 | 339 | |
大平 正芳 | 第二次田中角栄内閣・第一次改造内閣 | 1973年11月25日 | 1974年11月11日 | 352 | |
木村 俊夫 | 第二次田中角栄内閣・第一次改造内閣 | 1974年7月16日 | 1974年11月11日 | 119 | |
木村 俊夫 | 第二次田中角栄内閣・第二次改造内閣 | 1974年11月11日 | 1974年12月9日 | 29 | |
宮澤 喜一 | 三木内閣 | 1974年12月9日 | 1976年9月15日 | 647 | |
小坂 善太郎 | 三木内閣・改造内閣 | 1976年9月15日 | 1976年12月24日 | 101 | |
鳩山 威一郎 | 福田赳夫内閣 | 1976年12月24日 | 1977年11月28日 | 340 | |
園田 直 | 福田赳夫内閣・改造内閣 | 1977年11月28日 | 1978年12月7日 | 375 | |
園田 直 | 第一次大平内閣 | 1978年12月7日 | 1979年11月9日 | 338 | |
大来 佐武郎 | 第二次大平内閣 | 1979年11月9日 | 1980年6月12日 | 217 | |
伊東 正義 | 鈴木善幸内閣 | 1980年7月17日 | 1982年11月27日 | 864 | |
園田 直 | 鈴木善幸内閣 | 1981年5月18日 | 1982年11月27日 | 559 | |
安倍 晋太郎 | 第一次中曽根内閣 | 1982年11月27日 | 1983年12月27日 | 396 | |
安倍 晋太郎 | 第二次中曽根内閣 | 1983年12月27日 | 1984年11月1日 | 311 | |
安倍 晋太郎 | 第二次中曽根内閣・第一次改造内閣 | 1984年11月1日 | 1985年12月28日 | 423 | |
安倍 晋太郎 | 第二次中曽根内閣・第二次改造内閣 | 1985年12月28日 | 1986年7月22日 | 207 | |
倉成 正 | 第三次中曽根内閣 | 1986年7月22日 | 1987年11月6日 | 473 | |
宇野 宗佑 | 竹下内閣 | 1987年11月6日 | 1988年12月27日 | 418 | |
宇野 宗佑 | 竹下内閣・改造内閣 | 1988年12月27日 | 1989年6月3日 | 159 | |
三塚 博 | 宇野内閣 | 1989年6月3日 | 1989年8月10日 | 69 | |
中山 太郎 | 第一次海部内閣 | 1989年8月10日 | 1990年2月28日 | 203 | |
平成 | 中山 太郎 | 第二次海部内閣 | 1990年2月28日 | 1990年12月29日 | 305 |
中山 太郎 | 第二次海部内閣・改造内閣 | 1990年12月29日 | 1991年11月5日 | 312 | |
渡辺 美智雄 | 宮澤内閣 | 1991年11月5日 | 1992年12月12日 | 404 | |
渡辺 美智雄 | 宮澤内閣・改造内閣 | 1992年12月12日 | 1993年8月9日 | 241 | |
武藤 嘉文 | 宮澤内閣・改造内閣 | 1993年4月7日 | 1993年8月9日 | 125 | |
羽田 孜 | 細川内閣 | 1993年8月9日 | 1994年4月28日 | 263 | |
柿澤 弘治 | 羽田内閣 | 1994年4月28日 | 1994年6月30日 | 64 | |
河野 洋平 | 村山内閣 | 1994年6月30日 | 1995年8月8日 | 405 | |
河野 洋平 | 村山内閣・改造内閣 | 1995年8月8日 | 1995年10月2日 | 56 | |
池田 行彦 | 第一次橋本内閣 | 1996年1月11日 | 1996年11月7日 | 302 | |
池田 行彦 | 第二次橋本内閣 | 1996年11月7日 | 1997年9月11日 | 309 | |
小渕 恵三 | 第二次橋本内閣・改造内閣 | 1997年9月11日 | 1998年7月30日 | 323 | |
高村 正彦 | 小渕内閣 | 1998年7月30日 | 1999年1月14日 | 169 | |
高村 正彦 | 小渕内閣・第一次改造内閣 | 1999年1月14日 | 1999年10月5日 | 265 | |
河野 洋平 | 小渕内閣・第二次改造内閣 | 1999年10月5日 | 2000年4月5日 | 184 | |
河野 洋平 | 第一次森内閣 | 2000年4月5日 | 2000年7月4日 | 91 | |
河野 洋平 | 第二次森内閣 | 2000年7月4日 | 2000年12月5日 | 155 | |
河野 洋平 | 第二次森内閣・改造内閣 | 2000年12月5日 | 2001年1月6日 | 33 | |
河野 洋平 | 第二次森内閣・改造内閣(省庁再編後) | 2001年1月6日 | 2001年4月26日 | 111 | |
田中 眞紀子 | 第一次小泉内閣 | 2001年4月26日 | 2002年9月30日 | 523 | |
小泉 純一郎 | 第一次小泉内閣 | 2002年1月30日 | 2002年9月30日 | 244 | |
川口 順子 | 第一次小泉内閣 | 2002年2月1日 | 2002年9月30日 | 242 | |
川口 順子 | 第一次小泉内閣・第一次改造内閣 | 2002年9月30日 | 2003年9月22日 | 358 | |
川口 順子 | 第一次小泉内閣・第二次改造内閣 | 2003年9月22日 | 2003年11月19日 | 59 | |
川口 順子 | 第二次小泉内閣 | 2003年11月19日 | 2004年9月27日 | 314 | |
町村 信孝 | 第二次小泉内閣・改造内閣 | 2004年9月27日 | 2005年9月21日 | 360 | |
町村 信孝 | 第三次小泉内閣 | 2005年9月21日 | 2005年10月31日 | 41 | |
麻生 太郎 | 第三次小泉内閣・改造内閣 | 2005年10月31日 | 2006年9月26日 | 331 | |
麻生 太郎 | 第一次安倍内閣 | 2006年9月26日 | 2007年8月27日 | 336 | |
町村 信孝 | 第一次安倍内閣・改造内閣 | 2007年8月27日 | 2007年9月26日 | 31 | |
高村 正彦 | 福田康夫内閣 | 2007年9月26日 | 2008年8月2日 | 312 | |
高村 正彦 | 福田康夫内閣・改造内閣 | 2008年8月2日 | 2008年9月24日 | 54 | |
中曽根 弘文 | 麻生内閣 | 2008年9月24日 | 2009年9月16日 | 358 | |
岡田 克也 | 鳩山由紀夫内閣 | 2009年9月16日 | 2010年6月8日 | 266 | |
岡田 克也 | 菅直人内閣 | 2010年6月8日 | 2010年9月17日 | 102 | |
前原 誠司 | 菅直人内閣・第一次改造内閣 | 2010年9月17日 | 2011年1月14日 | 120 | |
前原 誠司 | 菅直人内閣・第二次改造内閣 | 2011年1月14日 | 2011年9月2日 | 232 | |
枝野 幸男 | 菅直人内閣・第二次改造内閣 | 2011年3月7日 | 2011年9月2日 | 180 | |
松本 剛明 | 菅直人内閣・第二次改造内閣 | 2011年3月9日 | 2011年9月2日 | 178 | |
玄葉 光一郎 | 野田内閣 | 2011年9月2日 | 2012年1月14日 | 135 | |
玄葉 光一郎 | 野田内閣・第一次改造内閣 | 2012年1月14日 | 2012年6月4日 | 143 | |
玄葉 光一郎 | 野田内閣・第二次改造内閣 | 2012年6月4日 | 2012年10月1日 | 120 | |
玄葉 光一郎 | 野田内閣・第三次改造内閣 | 2012年10月1日 | 2012年12月26日 | 87 | |
岸田 文雄) | 第二次安倍内閣 | 2012年12月26日 | 2014年9月3日 | 617 | |
岸田 文雄 | 第二次安倍内閣・改造内閣 | 2014年9月3日 | 2014年12月24日 | 113 | |
岸田 文雄 | 第三次安倍内閣 | 2014年12月24日 | 2015年10月7日 | 288 | |
岸田 文雄 | 第三次安倍内閣・第一次改造内閣 | 2015年10月7日 | 2016年8月3日 | 302 | |
岸田 文雄 | 第三次安倍内閣・第二次改造内閣 | 2016年8月3日 | 2017年8月3日 | 366 | |
河野 太郎 | 第三次安倍内閣・第三次改造内閣 | 2017年8月3日 | 2017年11月1日 | 91 | |
河野 太郎 | 第四次安倍内閣 | 2017年11月1日 | 2018年10月2日 | 336 | |
河野 太郎 | 第四次安倍内閣・第一次改造内閣 | 2018年10月2日 | 2019年9月11日 | 345 | |
令和 | 茂木 敏充 | 第四次安倍内閣・第二次改造内閣 | 2019年9月11日 | 2020年9月16日 | 372 |
茂木 敏充 | 菅義偉内閣 | 2020年9月16日 | 2021年10月4日 | 384 | |
岸田 文雄 | 第一次岸田内閣 | 2021年10月4日 | 2021年11月10日 | 38 | |
茂木 敏充 | 第一次岸田内閣 | 2021年10月4日 | 2021年11月4日 | 32 | |
林 芳正 | 第二次岸田内閣 | 2021年11月10日 | 2022年8月10日 | 274 | |
林 芳正 | 第二次岸田内閣・第一次改造内閣 | 2022年8月10日 | 2023年9月13日 | 400 | |
上川 陽子 | 第二次岸田内閣・第二次改造内閣 | 2023年9月13日 | (現在) | (現在) |
財務大臣や大蔵大臣を長く務めた政治家ランキング
財務大臣は閣僚の中でも重要ポストと言われます。
その財務大臣を長く務めた政治家を1位~5位まで紹介します。
なお、内閣総理大臣が財務大臣を兼務した時期はのぞいています。また、現役の財務大臣も除外しています。
1位:高橋 是清氏(3756日)
1位は高橋是清氏で3756日でした。
明治時代から昭和(戦前)まで政界で活躍した人で、山本内閣、原内閣、田中義一内閣、犬養内閣、斎藤内閣、岡田内閣の合計7つもの内閣で大蔵大臣を務めました。
日露戦争で巨額の戦費調達のための外債募集に成功したことで財政家として大きく評価を高めました。
2位:麻生 太郎氏(3214日)
2位は麻生太郎氏で3214日でした。第二次安倍内閣から第四次安倍内閣まで財務大臣を務め、金融部門で歴代最長内閣の運営を支えました。
3位:松方 正義氏(3150日)
3位は松方正義氏で3150日です。明治時代、近代日本政府の草創期を支えた政治家のひとりで、伊藤内閣、黒田内閣、山縣内閣で大蔵大臣をつとめたほか、自身も内閣総理大臣になっています。
4位:渡邊 國武氏(2551日)
4位は渡邊國武氏で2551日です。伊藤内閣で大蔵大臣を務めました。
松方正義氏からの評価が高く、松方内閣辞職後の伊藤内閣で大蔵大臣を任されることになりました。藩閥外の事務官から昇進した初の大臣でした。
国家予算が乏しいなかで地租改正などを実施し、明治政府の財政基盤を築いたと評価されています。
5位:宮澤 喜一氏(1899日)
5位は宮澤喜一氏で1899日です。中曾根内閣、竹下内閣で大蔵大臣を務め、自身も内閣総理大臣になりました。
総理大臣退陣後も小渕内閣と森内閣で大蔵大臣となりました。
「平成の高橋是清」と呼ばれ、冷静で着実な判断からなる財政手腕が高く評価されていました。
1~10位の在職日数一覧
氏名 | 通算在職日数(日) | 内閣 | 時代 |
高橋 是清 | 3756 | ・山本内閣 ・原内閣 ・田中義一内閣 ・犬養内閣 ・斎藤内閣 ・岡田内閣 | ・大正 ・昭和(戦前) |
麻生 太郎 | 3214 | ・安部内閣 ・菅義偉内閣 | ・平成 ・令和 |
松方 正義 | 3150 | ・伊藤内閣 ・黒田内閣 ・山縣内閣 | 明治 |
渡邊 國武 | 2551 | 伊藤内閣 | 明治 |
宮澤 喜一 | 1899 | ・中曾根内閣 ・竹下内閣 ・小渕内閣 ・森内閣 | ・昭和(戦後) ・平成 |
福田 赳夫 | 1851 | ・佐藤内閣 ・田中角栄内閣 | 昭和(戦後) |
水田 三喜男 | 1832 | ・池田内閣 ・佐藤内閣 | 昭和(戦後) |
賀屋 興宣 | 1590 | ・近衛内閣 ・東條内閣 | 昭和(戦前) |
竹下 登 | 1554 | ・大平内閣 ・中曾根内閣 | 昭和(戦後) |
池田 勇人 | 1557 | ・吉田内閣 ・石橋内閣 ・岸内閣 | 昭和(戦後) |
上位10人うち7人は首相経験者
大蔵大臣や財務大臣を長く務めた10人のうち、なんと7人がその後内閣総理大臣になっています。
高橋是清氏、麻生太郎氏、松方正義氏、宮澤喜一氏、福田赳夫氏、竹下登氏、池田勇人氏です。
首相として、経済政策は政府運営の重要な柱であり、財政政策と経済の理解は欠かせません。
また、財務大臣は国際的な経済会議や交渉に参加して、他国の財務大臣や国際機関との関係を築きます。国際的なネットワークと信頼関係を持っていると、首相として外交政策や国際協力を推進する上で大きな資産となります。
財務大臣と大蔵大臣の歴史が示す日本経済の変遷
戦前・戦後の大蔵省と財務省の変化
戦前の大蔵省は、軍事費調達と戦争遂行を支える財政運営が中心でした。戦後は財政再建と高度経済成長が課題となり、国内外の経済課題に対応する組織へと変化しました。
1998年の金融監督庁分離を経て、財務省として新たに出発。現在では、国家予算や税制管理が主な業務となっています。
大蔵省から財務省への移行が与えた影響
1998年、大蔵省は金融システムの透明性向上と効率化を目指して財務省に再編されました。この改革により、財務省は予算編成と税制管理に集中できる体制が整い、金融政策は独立した機関(金融庁)に委ねられました。
日本の未来を支える財務大臣像とは?
今後の財務大臣に求められる資質
これからの財務大臣には、デジタル経済の推進、気候変動対策、少子高齢化への対応が求められます。特に、財政健全化と経済成長を両立させる政策判断力が重要です。国際協調を維持しつつ、国内産業を支える役割も期待されます。
女性の財務大臣は誕生するか?
これまで日本では女性財務大臣は誕生していませんが、ジェンダー平等が進む中でその可能性は高まっています。女性ならではの視点で、柔軟な財政運営や国民生活に寄り添う政策が期待されます。
なお、女性大臣については以下の記事で詳しく解説しています。
女性大臣の歴史と現状:日本の歴代内閣での女性大臣の人数と女性が任命された大臣職を紹介
Q&A: 歴代財務大臣・大蔵大臣の功績と役割
Q1: 財務大臣と大蔵大臣の違いは何ですか?
A: 財務大臣と大蔵大臣は、役職の性質自体は類似していますが、時代背景や担当分野に違いがあります。大蔵大臣は2001年まで存在し、主に財政・金融行政を包括的に担当していました。一方、財務大臣は2001年の中央省庁再編により誕生し、財政や税制を中心に取り扱う役割を担っています。一部の金融行政は金融庁に移管されました。
Q2: 歴代財務大臣で最も在任期間が長いのは誰ですか?
A: 麻生太郎氏が最長で、2012年から2021年まで約9年間、財務大臣を務めました。彼は、消費税増税や財政健全化を進める一方で、経済の成長を重視した政策を実施しました。また、国際的な場での発言力も高く評価されました。
Q3: 歴代大蔵大臣で最も注目された人物は誰ですか?
A: 高橋是清がその一人に挙げられます。彼は昭和初期に大蔵大臣として日本経済を大恐慌から救いました。金本位制の停止や積極財政を展開し、景気回復を実現しました。また、軍事費抑制にも取り組みましたが、その結果として暗殺されました。
Q4: 初代財務大臣と大蔵大臣はそれぞれ誰ですか?
A: 初代財務大臣は宮澤喜一氏で、2001年の中央省庁再編後、初めてその役職に就きました。一方、初代大蔵大臣は明治時代の松方正義氏で、初代内閣(伊藤博文内閣)でその職を務めました。両者とも、それぞれの時代において日本の財政政策の基盤を築きました。
なお、伊藤博文については以下の記事で詳しく解説しています。
初代内閣総理大臣・伊藤博文は何をした人か|幕末から明治にかけての評価と暗殺事件の経緯を解説
Q5: 女性の財務大臣や大蔵大臣はいますか?
A: 2024年12月時点で女性財務大臣はいません。それ以前の大蔵大臣にもいませんでした。2024年にイギリスで初めて女性財務大臣が誕生しています(日本経済新聞より)。女性が財政のトップを務めることは、ジェンダー平等の観点でも注目され、今後の日本政治に新たな可能性を示しています。
Q6: 歴代大蔵大臣が日本経済に与えた最大の影響は何ですか?
A: 大蔵大臣は戦前・戦後を通じて日本の財政・経済の成長を支えました。戦前は軍事費の調整やインフラ整備を担当し、戦後は経済復興や高度成長期をリードしました。特に松方正義の財政再建、高橋是清の積極財政、戦後の池田勇人による所得倍増計画が日本経済に大きな影響を与えました。
Q7: 財務大臣が現在直面している課題は何ですか?
A: 現在の財務大臣は、少子高齢化による社会保障費の増大、財政赤字の拡大、国際経済の変動、そして気候変動対策への資金確保といった多岐にわたる課題に直面しています。これらの問題に対し、持続可能な財政政策を打ち立てることが求められています。
Q8: 大蔵省が財務省に改組された理由は何ですか?
A: 2001年の中央省庁再編により、大蔵省は財務省に改組されました。その背景には、金融政策と財政政策を分離する必要性がありました。これにより、金融行政は新設された金融庁に移管され、財務省は財政や税制の管理に専念する形になりました。
まとめ
財務大臣や大蔵大臣を務めた歴代政治家を一覧で紹介しました。
1番長く大蔵大臣(財務大臣)を務めたのは高橋是清氏で、日露戦争の外債募集にはじまり、明治・大正の日本の財政政策に欠かせない人物でした。
財務大臣・大蔵大臣の在任日数上位10番以内に首相経験者が7人もいます。財務大臣としての経験がいかに内閣総理大臣の職務に重要かが分かります。
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