現代社会の秩序は法律によって守られていますが、その法律はどのようにしてつくられるのでしょうか。法律の制定・改正は、国家の基本的な機能である立法権によって行われます。
本記事では、「立法権とは何か」から、法律が生まれる具体的なプロセス、立法権に対する制約、そして社会の変化に対応した法改正の実例や、立法権をめぐる課題までを解説します。
立法権とは
立法権とは、「法律を制定、改正、廃止する権限」です。国家の三権分立の一つで、国会がこの権限を持っています。
国会は日本国憲法第41条で「国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定められており、立法の最高機関です。国会は衆議院と参議院の二院に分かれており、両院で議論し合意された法律が成立します。
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立法権は国の統治や社会の秩序を維持するための基本的な機能で、以下の役割に分かれています。
法律の制定
国会で新しい法律を提案し、議論の後に成立させます。
既存の法律の改正
必要に応じて、既存の法律を変更・修正します。
法律の廃止
時代に合わなくなったり、不適切になった法律を廃止します。
戦時民事特別法は戦時中に制定され、戦後廃止になった法律の一例です。
予算の承認
国家予算の決定も立法機関の重要な仕事です。
内閣が予算案を作成して国会に提出し、衆議院→参議院の採決を経て成立します。
過去には、予算案が衆議院を通過しないために衆議院を解散し、参議院の緊急集会を召集して予算案を成立させた内閣もありました。
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法律がつくられる過程
法律は以下のようなプロセスで作成されます。
法案の提出
法案(法律の草案)は、主に以下の3つの主体から提出されます。
内閣提出法案が多数を占めますが、議員立法も可能です。
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衆議院と参議院での審議
法案は、衆議院または参議院のいずれかにまず提出され、そこで審議が始まります。
本会議において、法案の基本的な内容が説明され、全体的な方針が議論されます。
次に、法案は各委員会(例えば、法務委員会や経済産業委員会)に付託され、より詳細な審議が行われます。
委員会審議では、専門的な議論や関係者の意見聴取(公聴会)が行われ、修正が加えられることもあります。
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衆議院と参議院での採決
委員会での審議が終わると、再び本会議に戻り、そこで最終的な採決が行われます。
衆議院と参議院の両方で法案が可決されると、法律として成立します。
ただし、衆議院で可決され、参議院で否決された場合、衆議院の優越が働き、再度衆議院で3分の2以上の賛成があれば法案は成立します。
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天皇による公布
国会で成立した法律は、最終的に内閣の助言と承認を得たうえで、天皇が「公布」します。天皇が法律を公布するのは、形式的な儀式です。
法律の施行
公布された法律は、通常一定の期間(例えば、公布後30日など)が経過した後に施行されます。ただし、法律によっては公布後すぐに施行される場合もあります。
この一連の過程を通じて、法律が正式に成立し、国民に対して法的効力を持つようになります。
立法権の制約
立法権には、法律を自由に制定する強力な権限がありますが、それでもさまざまな制約があります。立法権の濫用を防ぎ、権力のバランスを保つためです。
以下に、立法権に対する主な制約を解説します。
憲法による制約
以下は憲法による制約です。
司法権による違憲審査
最高裁判所などの司法機関は、制定された法律が憲法に違反しているかどうかを審査する権限(違憲審査権)を持っています。もし法律が憲法違反と判断されれば、その法律は無効になります。
これにより、立法権の行使が憲法に照らして適切かどうか監視されます。
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国際法および条約による制約
日本国憲法第98条には、締結された条約や国際法規も国内法と同様に守られるべきとされています。そのため、立法は国際的な約束や基準と矛盾しないものである必要があります。
たとえば、国際人権条約などの条約に違反する内容の法律は制定できません。
地方自治による制約
地方公共団体も法律や条例を制定する権限を持っています(地方自治法)。国の立法権が地方の自治を過度に侵害しないよう、地方自治体の自主性や自立性を尊重することが求められます。
国の法律が地方自治を不当に制限する場合、その立法は問題視される可能性があります。
国民の政治的監視
議会は国民の代表によって構成されるため、立法権は国民の政治的意思や世論に影響されます。もし議員が国民の利益に反する法律を成立させた場合、次の選挙で落選する可能性があります。
これにより、国民の選挙権が立法権に対する間接的な制約となります。
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行政との関係
行政権(内閣)も立法過程に関与します。特に内閣提出法案が多数を占めるため、立法権と行政権は緊密に連携していますが、行政の過度な影響力や干渉が立法の独立性を損なう場合もあります。
したがって、行政と立法の適切なバランスが必要です。
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社会の変化に合わせた法律例
社会の変化に伴って法律も改正されたり新たに制定されたりします。社会のニーズや新しい問題に対応できるようにするためです。
以下に、日本における社会の変化に合わせて制定・改正された具体的な法律の例をいくつか紹介します。
個人情報保護法の改正(2003年制定、2022年改正)
個人情報の保護に関する法律が、2003年の制定以降たびたび改正されています。
【背景】
インターネットやデジタル技術の進展により、個人情報が大量に収集・保存・利用されるようになった一方で、個人情報漏洩やプライバシー侵害のリスクも増大しました。
【法律の内容】
2003年に「個人情報の保護に関する法律」が制定され、個人情報の取り扱いについて規定が設けられました。2022年には、さらにインターネットを利用した個人データの扱いに関する規制を強化し、データ漏洩時の報告義務や、利用停止を求める権利などが追加されました。
働き方改革関連法(2018年改正)
働き方改革の一環で月の残業時間の上限など、法律がたびたび改正されています(厚生労働省)。
【背景】
日本では長時間労働や過労死が大きな社会問題となっており、ワークライフバランスの改善が求められていました。また、少子高齢化による労働力不足も課題でした。
【法律の内容】
「働き方改革関連法」は、労働時間の上限規制や、有給休暇の取得促進、同一労働同一賃金の実現を目的として改正されました。具体的には、残業時間の上限が厳格に設定され、有給休暇の年間5日間の取得が義務化されました。
特定商取引法の改正(1976年制定、2021年改正)
訪問販売の規制やクーリングオフ制度の新設など、特定商取引法も時代に合わせてたびたび改正されています(消費者庁)。
【背景】
通信販売や訪問販売が一般的になるとともに、悪質な勧誘やトラブルも増加しました。特に、高齢者をターゲットとした詐欺的な商取引が問題となっていました。
【法律の内容】
「特定商取引に関する法律」は、悪質な販売手法を規制するために制定され、2021年には高齢者を保護するための規定が強化されました。これにより、高齢者に対する過度な勧誘を制限し、消費者が契約を取り消す権利が拡充されました。
電気通信事業法の改正(1984年制定、2022年改正)
電話事業に競争原理を取り込むために制定電気通信事業法。今ではサイバーセキュリティ向上のために改正されています(総務省)。
【背景】
スマートフォンやインターネットが普及し、携帯電話やインターネットの利用が日常生活に不可欠となったことで、通信料金の高騰や通信事業者の独占に対する懸念が高まりました。
【法律の内容】
2022年の改正により、通信料金の透明性を高め、通信事業者間の競争を促進するための規制が強化されました。また、ユーザーがより簡単に通信事業者を変更できるよう、SIMロックの解除が義務化され、料金プランのわかりやすい説明が求められるようになりました。
同性パートナーシップ制度の導入(自治体条例)
同性婚(同性同士のカップルの婚姻)を認めて証明書を発行する制度が、2015年11月東京都世田谷区と渋谷区ではじまりました(日本LGBTサポート協会)。時代に合わせた大きな変化のひとつです。
【背景】
LGBTQ+コミュニティの権利保障が世界的な課題となる中、日本でも同性カップルの法的権利を求める声が高まりました。しかし、現時点では国として同性婚を認める法律はありません。
【法律の内容】
いくつかの自治体では「同性パートナーシップ制度」が条例で導入され、同性カップルがパートナーシップを自治体に登録できるようになりました。この制度は、同性カップルに対する社会的な認知を進め、住居の契約や病院での家族扱いなどの場面で権利を保障するものです。
高齢者医療制度の改正(2008年制定、2021年改正)
高齢化が進んだことで、高齢者医療制度も改正されています(厚生労働省)。
【背景】
日本は急速な高齢化社会に直面しており、高齢者の医療費が増大し、医療制度に大きな負担がかかっていました。
【法律の内容】
2008年に「後期高齢者医療制度」が導入され、高齢者に特化した医療制度が整備されました。2021年の改正では、75歳以上の高齢者が負担する医療費の割合を2割に引き上げるなど、財政的な持続可能性を確保するための措置が取られました。
立法権に関する課題
立法権に関する課題は、現代社会の複雑化や多様化に伴い、さまざまな側面で指摘されています。
以下に、具体的な立法権に関連する課題をいくつか挙げて説明します。
法整備の遅れ
社会が急速に変化する中、法律の整備が追いつかないことが多々あります。特に、技術革新や新しい経済モデル(例えば、AI、デジタルプラットフォーム、シェアリングエコノミーなど)の登場により、従来の法律が実態に合わなくなることがあります。
【例】
インターネットやSNSの普及に伴うデジタルデータの管理やプライバシー保護、仮想通貨の規制
議会の機能不全
立法過程において、議会が十分に機能しないケースがあります。与党の力が強すぎる場合、議会での十分な議論がなされないまま、内閣が主導する法案が迅速に成立することがあります。
また、内閣が多数を占める与党の力に依存し、議員立法がほとんど行われず、行政主導の法案が迅速に可決される傾向が批判されることがあります。
これにより、議会のチェック機能が低下し、国民の多様な意見が反映されない法律が成立する恐れがあります。
立法過程の透明性の欠如
法案の作成や審議過程が不透明で、国民の目に触れにくいことが課題となっています。
特に、内閣や一部の利益団体が強い影響力を持つと、一部の業界や企業がロビイングを通じて特定の法律に影響を与えます。それが国民全体の利益よりも特定のグループに有利な内容になりえます。
立法過程が閉鎖的になり、国民が理解しにくい法案が進められることがあります。
国際法や国際的圧力との調和
グローバル化が進む中で、国際法や国際的な基準に従うことが求められています。その一方で、国内の立法がそれに対応できない場合があります。
特に、国際的な人権基準や気候変動対策などの国際的な取り決めに対する国内法の整備が遅れることがあります。
例えば、日本のジェンダー平等の取り組みは146か国中118位となっており(男女共同参画局)、国際的な要求に対する対応の遅れが国際社会から批判されることがあります。
既存の法制度との矛盾
新しい法律が既存の法律と矛盾する場合、その調整が不十分であることがあります。結果として、現場での運用に混乱が生じたり、法解釈が困難になったりします。
労働法や社会保障制度の一部が時代遅れのまま残っている中で、新しい働き方(リモートワーク、フリーランス)を規制する法律が導入されると、既存の法律との整合性が取れなくなる場合があります。
少数派の意見の反映不足
議会での多数決に基づく決定は、少数派の意見を反映するのが難しいという課題があります。立法プロセスでは、多数派の意見が優先される傾向があり、少数派や弱者の権利が十分に考慮されないことがあります。
障害者やLGBTQ+などの少数派コミュニティに対する法的保護が不十分なまま、社会全体の利益を優先した法案が可決される場合があります。
過度な立法と規制の複雑化
法律や規制が増えると、法制度が複雑化し、企業や国民が法を理解し守ることが難しくなる可能性があります。ビジネスを運営するために必要な許認可や手続きが多すぎると、特に中小企業にとって負担が大きくなり、競争力を損なう可能性があります。
過度な規制は、特にビジネスのイノベーションや効率性を阻害することがあります。
これらの課題に対処するためには、法律の整備や改正のスピードを社会の変化に合わせ、議会が十分に機能する仕組みの構築、国民との透明な対話が不可欠です。
また、国際社会との調和や少数派への配慮を考慮したバランスの取れた立法も求められています。
まとめ
立法権は、社会の変化に対応しながら、国民の権利を守り秩序を維持する重要な機能です。しかし、法律の制定には憲法や国際法、国民の意見など多くの制約があり、時には迅速に対応できない課題も存在します。
現代社会の複雑なニーズに応じた法制度の整備と、透明で公正な立法プロセスの構築が、これからの日本にとって重要です。
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